大事なものを、大事にあつかうということ

当然のことですよね。
大事って思っているんだったら、大事にあつかうべきなんです。

でもなぜか大事にできないときってある、ようです。
この前こんなことがありまして。

箱の中身をちゃんと見なかったことはわたしの落ち度なので謝ります。
でもねえ、大事ならちゃんと大事そうにしてほしいよ…

おかたづけができない=なにかから身を守っている

おうちが散らかっているということは、
ただ単に片付けスキルがないというだけではないんです。
(ここでの”散らかっている”は、足の踏み場がないレベル以上の話)

なにかから身を守っているんだと、わたしは考えています。

なにもないと不安。
でも、こんなに散らかってしまうと、なにをするにもまず探すところから。
そうすると時間が必要以上にかかるから、
面倒になってしまって、なにもできなくなる。

意欲がどんどん削がれていく。

もっとなにもできなくなる。

だらしない人ねと思うかもしれませんが、これは大違いで。
誰だってこういう状況に陥る可能性はあります。

日常のちょっとしたことで言うと、
仕事が山のように溜まってきて、うまくさばけないとき。
書類がボックスの中にどんどん重なっていってしまうこと、ありますね。
それと根底は一緒の話だと思います。

仕事だったら、隣のデスクの人が気付いて手伝ってくれることがあります。

でもおうちのお片付けはどうでしょう。
パーソナルな領域まで踏み込んで片付けをしてあげることって、
あんまりないんじゃないでしょうか。
親の部屋の片付けとか、子どもはしないですよね。

そうこうして手をこまねいていると、
いつの間にかとんでもないことになってしまうのです。

”自分”といういちばん大事なものを、モノで囲んで守る状態。

でもそれ、自分を大事にあつかえているかというと、違いますよね。
自分を大事にしたいなら、自分が快適な環境にしないといけないのに。
ゆがみを感じます。

ゴミ箱の中に大事なものを入れておく心理

最初本当に理解に苦しみました。
だって、そんなところに入れたら、誰か捨てちゃうよね??

でもこれも、先程の話につながるところがある。

大事なものだから、大事にモノで囲っておいた。
そのモノが、ゴミだったっていう話。

で、この場合だと、さらにもうひとつ要素が加わります。

ゴミ箱だったら、中身を誰かが見るようなことはしない。
だからこそ、誰の目に触れられる可能性がないから、安心だ。
だからその中に大事にしまっておいた。

…というところなんじゃないかなと思います。

他人に干渉されていると思う/自分に自信がない

結局大事なものをそういう扱い(本人は大事にしているつもり)にしてしまうのは、
「誰かが必要以上に自分のモノを観察しているようだ」という疑いの気持ちや、
「自分なんてこんなもんだからなあ」という諦めの気持ちが、そうさせるのかなと考えました。
一種の防衛本能的な。いろんな状況が重なって、そんな気持ちになってしまう。

まあここまでくると、本当は専門家とかと話した方が解決早そうですね。ほんとは。

大事なんだって、認めてあげる

そんな大げさな…ってなっちゃいますけど。
たぶん普通の状態であれば、これは無意識のうちに判断している話かと。

大事!って思ったら、重要書類のボックスにしまう。
カギ付きの箱に入れる。金庫にしまう。
…おうちをきれいにととのえる。

自力じゃできなくなっている人がいるので、ちょっとお手伝いしています。

で。実は。

もう、うちの人たちはみんなまったくもう。
忘却の彼方であろうへそくりは、片っ端からわたしが回収しています。
寝かせておくのももったいないので、投資しました。笑
どうせ忘れてたものですからね。
覚えていたら、色付けて返してあげようっと。

さ、明日からはお母さんたち実家に帰省するから、わたしひとりです!
お片付けボーナスタイム到来…!淡々と、新年に向けて準備します。

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