こけちゃんのプロフィール

はじめまして。ご覧いただき、ありがとうございます!
こけちゃんと申します。
よろしくお願いいたします!

このページでは、

・こけちゃんのこれまで
・インターネットの世界に飛び出した理由
・こけちゃんのこれから

について、お話ししていきます。

こけちゃんのこれまで

わたしをひとことで表すと、自分で言うのも何ですが、
とてもいい子ちゃんなガンコちゃんです。

ざっと振り返ってみます。

1990年3月28日、誕生

大阪の十三にある病院で誕生。
この日はちょうど、さくらが満開でした。

1歳までは大阪にある母方の実家で暮らし、そこから東京へ。

さみしがりやな幼少期

「まま、と、、いっ、しょ、に、、くらしていたいの〜〜〜〜〜!(絶叫)」

幼稚園に行くのがどうしても嫌だったらしく、毎朝この調子で駄々をこねていました。
午後には帰れるのに、何と大げさな子よ。

おじいちゃんおばあちゃんの家から帰るときも、お別れするのが嫌で嫌で。
新大阪の駅に着いて号泣。
ホームから見送られて、また号泣。
名古屋くらいまではずっとめそめそしてたらしいです。そんなに泣いてたっけ…

でもこれは正直、今でもあります。
ひとりでいるのが大好きなのだけれど、ふっとさみしくなる。楽しい飲み会の別れ際や、実家から一人暮らしの家に帰るときとかね。
同棲にあたって引っ越しする前夜は、実家の家族でごちそうを食べに行って号泣しました。。いい歳してまったく。。

友達のいない小〜中学生時代、転機の合唱祭

いや、いないことはないんだけれど。今でも会ったりする人はほとんどいない。
だって仲良く遊んでたと思ってたのに突然いじわるされたりするんだもん。

だからあんまり覚えがありません。
友達いないけど、勉強はよくできる、そんなタイプでした。

部活は、小学校4〜6年生の時に吹奏楽部でクラリネットをやっていました。
中学では部活やらなかったなあ。友達をつくることが怖くて、部活に入れなかったんです。

転機となったのは、中学2年生のとき。

合唱祭実行委員をやってみたくなって、やってみました。
結果とか忘れたけど、なんか楽しくて、ちょっと自信がついて、それ以来取りまとめ役を買って出ることが怖くなくなりました。
3年生になってからは、放送委員会の委員長をやって、一風変わったスタイルで”お昼の放送”を企画したり(最終回ではクラスのみんなが拍手してくれていたらしい!)、もう一度合唱祭実行委員をやったり。このときの合唱曲は卒業式の前に練習し直して、卒業式の後、担任に歌のプレゼントをしました。なんかそういう企画の話になったからそうしたんだけど、すごく喜んでもらえてうれしかったなあ。

このころになると、自分でも「この人はなかよしさん」と思える人をつくれるようにもなっていました(でももう全然会ってない)。

部活に明け暮れた高校時代、そして浪人へ

中学後半のがんばりと、成績が良かったことが功を奏して、推薦で地元の都立高へ進学。
一般受験だったら絶対受かってなかったな…

この高校を選んだきっかけは、学校見学に行ったときに目に飛び込んできた大きな木。直感が「ぴぴっ」とはたらいて、絶対ここにすると決めたのです。

高校では吹奏楽部に入りました。クラリネットをやりたかったのに、楽器体験で手首の柔らかさを買われ、パーカッションに。そんなあ!
でもものすごくのめり込み、大好きになりました。それにしても、吹奏楽部って運営するにあたってたくさんの役割分担やMTGがあるんですよね。社会の縮図、と言っていいと思う。

吹奏楽部は体育会系です!!!

気付いたら部活のことしかしてなくて、成績はいつの間にか急降下。

3年夏のコンクールまで出たから受験勉強のスタートも遅れました。意識が低すぎた。どこの大学に行くかも決めていなかった。引退してからあわてて見学してまわりましたが、大隈講堂を見たときに「ぴぴっ」と、高校を決めたときと同じ直感が働いたのです。

わたしはここで大学生活を送りたい。

でもやっぱり付け焼き刃では間に合わず、不合格。
かろうじて受かった滑り止めに行くつもりで準備をしていたけれど、あまりにくさくさしているわたしを見かねた母が、「そんなに行きたいなら浪人しなさいよ」と、浪人させてくれました。本当に本当に感謝。

浪人時代はマイペースに勉強。予備校の授業たくさんさぼったけど(ごめんなさい)激しい自習の甲斐あって、なんとか合格。単純にうれしかった。

激しすぎる大学時代、そして百貨店に就職

入学式での、大親友との出会い。そしてキャンパスから聞こえてきた演奏。
ジャズバンドとかやるつもりでいたのに、その演奏に心惹かれたことをきっかけに、そのまま応援部吹奏楽団に入部しました。

この部活が大学時代のすべてとなりました。
朝6時からカフェのバイトをし、午後は授業。夕方から練習。週末は六大学野球をはじめとするスポーツの応援。この調子で休みのない毎日を、4年生の12月の引退までやりきりました。
ものすごい自信になった。このころのことを思い出せば、ほとんどのことは大丈夫。

一緒に駆け抜けた同期は、いまも一番最高の友人です。

就活ではとにかく自己分析をしまくって、企業研究や店舗見学も散々やって、いまの会社にたどり着きました。良いものをお客さまに提案し、くらしの役に立ちたくて。尊敬できる人のもとで働きたくて。全てが叶う百貨店に入れたのは本当に幸運でした。

今日も店頭でチームのみなさんと一緒に、お客さまのおもてなしとご提案をがんばっています!

インターネットの世界に飛び出した理由

このまま会社勤めをしていていいのか、疑問だらけだったからです。
昇進試験を2018年度に控え、いよいよ自分の身の振り方を真剣に考え始めたのです。そして、インターネットの可能性に気がつきました。

流れで説明するとこのようになります。

昇進試験が近い

やっぱり受けたくない、もやもや

合コンで出会ったおねえさんをきっかけに、
「自分のお店を持ちたい」という夢を思い出す(2017年8月)

初めて起業家の方と話し、起業・副業という選択肢を知る

いろいろ調べる

イケハヤさんを知り(2017年10月)、
個人が力をつける重要性に気付くと同時に焦りを感じる

あわててSNS・ブログ開始(2017年11月)

退職騒動やらでトラブル続き(2017年12月〜2018年1月)

仕事は辞めずに、会社の外で勉強しようと決意(2018年2月)
各種イベントに参加してみるようになる

はあちゅうサロンに入会(2018年4月)
オンラインサロンの世界が楽しいことに気付く

インターネットのつながりってすごいですね。
飛び込んでみて、本当に良かった。

こけちゃんのこれから

2018年は、”個人としての力をつける”がテーマです。
SNSやブログの運用を通して、わかりやすく人に伝える力をつけたいです。
そして年内には、マネタイズして副業のひとつにしたいです。

自分のお店を持つこと。

これを、”いつか”じゃなく、近いうちに叶えようと決めました。
2020年までには何らかの形で実現させたいな。させよう!

これから、どうぞよろしくお願いします。